最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)4282号 判決 1959年8月28日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人相川正造の上告趣意について。
所論は、単なる事実誤認の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。のみならず所論の点に関し、本件公傷年金証書をもって刑法にいわゆる財物に該当するものとした原判決は、正当である。なお、原判決が、刑法二四六条一項の詐欺罪の規定は、必ずしも財産的損害を生ぜしめたことを問題とせず、むしろ、個々の財物に対する事実上の所持それ自体を保護の対象としているものと解すべきであるとし、本件において法令上公傷年金の受給権を担保に供することが禁止されている結果、被告人が津田徳太郎から金員を借受けるに際し、自己の所有にかかる国鉄公傷年金証書を担保として同人に差入れたことが無効であるとしても、同人の右証書の所持そのものは保護されなければならないのであるから、欺罔手段を用いて右証書を交付させた被告人の判示所為が刑法二四二条にいわゆる「他人ノ財物ト看做」された自己の財物を騙取した詐欺罪に該当するものとしたことは相当であって、右は、当裁判所判例(昭和二三年(れ)第九六七号同二四年二月一五日第二小法廷判決、集三巻二号一七五頁、昭和二四年(れ)第二八九〇号同二五年四月一一日第三小法廷判決、集四巻四号五二八頁)が、刑法における財物取得罪の規定をもって、人の財物に対する事実上の所持を保護しようとするものであって、その所持者が法律上正当にこれを所持する権限を有するかどうかを問わず物の所持という事実上の状態それ自体が独立の法益として保護され、みだりに不正の手段によって侵害することを許さないとする法意であると判示した趣旨にもそうものである。この点において、刑法二四二条、二五一条の規定をもって、正権限により他人の占有する自己の財物の場合に限り適用されるべきものとした大審院判例(大正七年九月二五日刑録二四輯一二一九頁)は、変更を免れない。
よって、刑訴四一四条、三九六条、一八一条一項但書により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)